鴻巣市長候補

PROFILE

プロフィール

略歴

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1963年4月2日生まれ 59歳

鴻巣市生出塚在住

早稲田大学社会科学部卒業

鴻巣市役所 元職員(27年間勤務)

2015年より鴻巣市議会議員(2期)

撫でし子株式会社(介護福祉事業) 代表取締役

妻と子ども3人(2男1女)の5人家族(子どもたちは、鴻巣中央小、鴻巣中卒業)

スポーツ一筋だった幼少期

温泉地と有名な鬼怒川で、温泉旅館で働く両親のもとで生まれました。
家は6畳二間で生活は豊かではなく、遊びといえばスポーツしかない環境で、野球・サッカーに全力!

地元の小学校では冬になると学校の脇に仮設のアイススケート場が出来上がり、体育にスケートが組み込まれていた! 野球では、投手として活躍し、県大会への出場もできました!

中学時代の恩師が人生を変えた

中学に上がり、部活としてなんとなく始めたソフトテニス。 その時のコーチとの出会いが、その後の人生の転機に。 熱い指導のもと、ソフトテニスに打ち込み関東大会でベスト16に。 コーチは練習中、鬼怒川という一つのコミュニティしか知らない私に、 市外の高校進学という道や、東京の大学でできるスポーツの楽しさ、幅広い仲間たちとの出会いの大切さを教えくれました。 このコーチを目標に、栃木高校への進学し、早稲田大学進学を中学生で決意。 運動、勉学両方に全力で取組、目標達成ができました。 大学では、早稲田大学体育会ソフトテニス部に所属し、東京六大学リーグ戦への出場も果たせました。
中学生という将来を少しずつ考え始める年頃に、目標となる大人ができたことは私の人生にとって大きな財産です。 この経験は、私の子育てや仕事に大きく影響をしています。 3人の子どもがおりますが、幼少期から子供のやりたいことに一緒になって取り組みました。 その結果、3人共自身が目指したい道に進み、今では立派な社会人となりました。 仕事においても、目標を定め、様々人たちの多様な意見や価値観を大切にして取組んできました。
特に子どもたちの可能性は無限です。 まちづくりにおいても、地域の大人が子どもたちの可能性に最大限に伸ばし、様々な機会の提供ができる場の創出を行っていきたいです。

鴻巣市役所へ入庁

大学卒業後は、鴻巣市役所に入庁しました。 入庁のきっかけは、両親からの強い希望でした。 鬼怒川の田舎町でとても余裕があるとは言えない生活をしていた両親は、 子どもには公務員になってほしいと昔から強く言われていました。 私個人としても、今までスポーツ一筋で、大学まで行かせてもらった両親への恩返しと、 大学生時代に学んだ社会学で世の中ためになりたいと公務員試験を受験しました。
鴻巣市役所職員としての27年間は、財務や福祉、スポーツ、企画など様々部署を経験しました。 特に印象に残っているのが、埼玉県庁への出向と鴻巣市社会福祉協議会への出向です。 社会福祉協議会は、地域の福祉増進を目的とする、非営利団体です。 障害者の皆さんが快適に過ごすためにはどうしたらよいか、生活困窮者の皆さんをどうやったら救えるか、高齢者の皆さんの孤独をどう防げるかなど、 市民の皆さんが抱える困難を一緒に乗り越える活動をしています。
その社会福祉協議会への出向となった私のミッションは、社会福祉協議会支部の立ち上げでした。 支部の立ち上げには、その地域で暮らす様々年代、障害や貧困、高齢化など様々な立場の皆さんの課題を一つずつ解決するための調整力を求められました。 様々な立場の皆さんの要望を形にする作業は、やりがいがありましたが、課題も多く、連日夜遅くまで仕事をしていたことはいい思い出です。 このときには、大学体育会で培った粘り強さと、職員として様々部門に携わった知識やコネクションを総動員して、いろいろな人に助けられ、なんとか支部の立ち上げできました。
この経験から、社会には様々な課題を抱えた人たちがいること、一人ひとりが違う価値観や幸せを願って生活をしているということを強く実感できました。 行政の役割はまさに、一人ひとりに寄り添い、様々な立場の人たちが活躍できる社会を創出することであると強く思うことができました。 この想いを胸に、まちづくりに取組んでいきたいです。

議員への挑戦

鴻巣市職員として、やりがいと多忙な毎日を過ごしていた私ですが、退職をするという決意と「地域とともに何かを」志したきっかけは、大切な親友の突然の不幸も大きな転機となったと思います。 それまで行政の仲間たちとともに市民にできることを全力で取組んでいましたが、親友との別れという大変悲しい現実を前に、今、心の中で考えていることは市職員のままではできないのではないか、いろいろチャレンジしたい、また社会福祉協議会を経験した中で、難しい同じ課題を抱える方たちを救うためにはどうするべきか、市をやめていくことに家族の了解はとれるだろうか、それを考える日々が続きました。
いろいろと考えた末に、「全部トライしよう。市政へのチャレンジも。足りてないセーフティネットの構築も。」、「この思いも家族に理解してもらおう」となりました。 その結果、 2015年4月の市議会議員選挙への出馬を、2月に決め、即座に職員を退職しました。 2015年に初当選をしてからの2期7年間、市職員としての知見を最大限に発揮し、市民福祉向上への提案や鴻巣市が抱える様々な課題解決を議会から提案してきました。 地域の皆さんからたくさんのご要望やご意見を頂き、一つ一つ市政に反映することができました。